ヴィンテージスカジャンには、KOREA、PANAMA、ICELAND、ALASKAなど、米軍が駐留した地域の名前を刺繍したものがあります。こうした個体は古着市場で「PX品」と呼ばれますが、年代を考えるときに重要なのは、PXが最初にできた年ではありません。
スカジャンは終戦後の日本で生まれ、1950年代に生産の最盛期を迎えた文化です。したがって、戦前からその土地にPXがあったとしても、それはスカジャンの年代判別にはほぼ関係ありません。当然見るべきなのは、戦後、スカジャンが流通していた時期に、その地域へ米軍が駐留し、基地売店へ商品が届き得たかです。

PX(Post Exchange)とは、米陸軍・空軍の基地内で軍人や家族へ日用品、衣類、飲食物などを販売する売店です。戦後の日本で土産物として人気になった刺繍ジャケットは、やがてPXの買い付け担当者の目に留まり、日本各地の基地、さらに海外の米軍基地へ正規納入されました。テーラー東洋の前身・港商が残した伝票にも“SOUVENIR JACKET”と記され、1950年代には大きな納入シェアを持っていたとされています。出典:テーラー東洋「HISTORY OF SOUVENIR JACKET」
今回は、地域名入りの実物が確認できる8地域を一覧化し、基地史・PXへの納入記録・図案の文字から、年代をどこまで考えられるかを整理します。
PX品8地域一覧|年代を見るポイント
| 地域 | 注目する戦後の時期 | 実物で見るポイント | 根拠の強さ |
|---|---|---|---|
| コリア | 1950〜1953年を中心とする1950年代 | KOREA、38°線、都市名、年号 | B |
| パナマ | 現存個体は1950年代とされる | PANAMAの文字。図案は虎・龍など定番柄も多い | C |
| アイスランド | 米軍再駐留の根拠となる1951年以降 | ICE LAND、U.S. ARMED FORCES、KEFLAVIK | B |
| アラスカ | 1950年代後半。49TH STATEは1959年以降 | ALASKA、49TH STATE、白熊、犬ぞり、地図 | A |
| ハワイ | 1950年代中期〜後期 | ALOHA HAWAII、島々、フラ、花、ウクレレ | A |
| グアム | 1950年代中期〜後期 | GUAM、島の地図、基地名、ヤシ、パイナップル | A |
| エニウェトク | 核実験期の1948〜1958年 | ENIWETOK、キノコ雲、核実験の作戦名 | B |
| グリーンランド | Thule基地建設後の1951年以降、とくに1950年代 | GREENLAND、THULE、SONDRESTROM、NARSARSUAQ | B |
そもそも、戦前のPX史を持ち出す必要はない
Exchange制度そのものはスカジャンより古く、ハワイやパナマ、アイスランドにも終戦以前から軍の売店がありました。しかし、そこから「この地域のスカジャンも古い」と考えるのは順序が逆です。
戦前のPX史は基地の歴史としては興味深いものの、この判別ではいったん脇へ置きます。調べる順番は、スカジャン文化の成立→戦後の米軍駐留→その地域名・基地名が使われた期間です。
1. コリア|日本地図ではなく、朝鮮半島そのものを見る

コリア柄で見るべきなのは、KOREAの文字、朝鮮半島、38°線、SEOUL、PUSAN、PYONGYANGなどの都市名です。上の個体は日本地図ではなく、朝鮮半島が図案の中心になっています。
AAFESの公式年表には、朝鮮戦争中に日本のCentral Exchangeが韓国内のPXへ物資を送り、1951年ごろの移動売店や1952年のソウルPXが記録されています。38°線と1950〜1953年の年号が揃えば、朝鮮戦争期を考える強い材料になります。ただし刺繍年号は製造年ではなく、兵士の赴任期間の場合があります。出典:AAFES公式年表
2. パナマ|地域性より「PANAMA」の文字

パナマ柄は、必ずしも運河、ヤシ、地図といった地域図案になるわけではありません。実物には、上のように虎や龍など日本のスカジャンと共通する定番柄へ、PANAMAの文字だけを入れたものがあります。
このタイプでは、虎の描き方からパナマ駐留年代を読むことはできません。地域を示すのはPANAMAの文字で、年代はジッパー、生地、リブなど服本体から考える比重が大きくなります。今回確認した実物は販売店が1950年代としていますが、PXへの納入伝票や販売記録までは確認できませんでした。
3. アイスランド|戦後の起点は1942年ではなく1951年

アイスランドには第二次大戦中から米軍とPXが存在しましたが、スカジャン年代を考えるなら、その数字を起点にする必要はありません。注目すべきは、米国とアイスランドが1951年5月に防衛協定を締結し、米軍駐留とKeflavikの軍事施設運用が戦後に改めて始まったことです。出典:U.S. Department of State, Office of the Historian
上の実物にあるICE LAND、U.S. ARMED FORCES、KEFLAVIKなどの文字と、1950年代という服の仕様は、この1951年以降の駐留環境と自然に重なります。したがって、1942年のPX史より1951年以降のほうが実用的な年代下限です。
4. アラスカ|「49TH STATE」なら1959年以降

アラスカは、PX品としての裏付けが強い地域です。テーラー東洋は、前身の港商が米軍の依頼で製作し、1950年代後半にアラスカ基地のPXで販売されたスカジャンを紹介しています。
さらに「49TH STATE」は分かりやすい下限です。アラスカが米国49番目の州になったのは1959年なので、最初からこの文字を含む個体は1959年以降と考えるのが自然です。白熊、犬ぞり、オーロラだけよりも、文字と組み合わせたほうが精度は上がります。出典:テーラー東洋
5. ハワイ|1950年代中期〜後期のPX販売資料がある

ハワイのExchange史は19世紀まで遡りますが、スカジャン年代には関係ありません。テーラー東洋のヴィンテージ資料が、上の個体をハワイの米軍基地から依頼を受けて日本で製作し、基地内売店で販売された1950年代中期〜後期の作品と説明していることのほうが重要です。
ALOHA HAWAII、島の地図、フラガール、ハイビスカス、ウクレレなどが地域性を示します。一方の面が龍・虎などの和柄でも不思議ではありません。日本から輸出されたPX商品だからこその組み合わせです。
6. グアム|実物と基地売店での販売記録がつながる

テーラー東洋の資料では、グアムの米軍基地から依頼を受けて日本で製作し、グアム基地内の売店で販売された1950年代中期〜後期の実物とされています。これは基地史だけで推測するより強い資料です。
GUAM、島の地図、主要都市・基地名、ヤシ、パイナップルなどが代表的です。Andersen Air Force Baseの名称は1949年10月7日からなので、ANDERSENの文字が当初から入る個体なら、その日付が下限になります。出典:Andersen Air Force Base公式史
7. エニウェトク|核実験期1948〜1958年と重ねる

エニウェトク環礁では、米国が1948〜1958年に43回の大気圏内核実験を実施しました。ENIWETOK、キノコ雲、実験作戦名を組み合わせた図案は、まずこの期間と重ねます。出典:U.S. Department of Energy
1956年のOperation Redwing最終報告書には、現地PXがホノルル・極東・AAFESニューヨークから商品を仕入れ、“Oriental type merchandise”を扱っていたことも記録されています。ジャケットという商品名まではありませんが、極東由来の土産物が現地PXへ届く経路は確認できます。出典:Operation Redwing Final Report, pp.69–70
8. グリーンランド|THULE基地の成立から読む

グリーンランド柄では、GREENLANDの文字と地図に加え、THULE、SONDRESTROM、NARSARSUAQなど米軍基地のあった土地が刺繍されています。複数のヴィンテージ店で、こうした表記を持つ1950年代のスカジャン型個体が確認できます。
米宇宙軍の公式史では、1951年の米国・デンマーク防衛協定を受け、Thule基地はOperation Blue Jayによって1951〜1953年に建設されました。したがって、THULEを主役にした1950年代型個体は1951年以降という歴史的下限と整合します。個体のPX販売記録までは確認できないため、現段階では「PX品として有力な地域柄」とするのが安全です。出典:U.S. Space Force「821st Space Base Group」
ほかにもある? 今回は本表から分けた地域
日本国内では、JAPAN MAPのほか、沖縄・北海道などの地域柄も確認できます。北海道には奥尻島の米空軍部隊からカスタムオーダーされた1950年代中期の実物が残っています。ただし、これは既製のPX商品というより個人注文の性格が強いため、今回の一覧から分けました。参考:テーラー東洋 VINTAGE MUSEUM「HOKKAIDO MAP」
沖縄柄も重要ですが、基地内PX、基地周辺の店舗、コザの刺繍店など複数の流通経路が考えられます。今後予定している「ムギストアーから紐解く沖縄・コザの刺繍」記事で、書籍資料と合わせて詳しく扱います。
フィリピンやドイツにも米兵向け刺繍ジャケットは存在しますが、1960〜70年代のツアージャケットや現地製の別形式も多く、1950年代の日本製PX向けスカジャンと同じ一覧へ入れるには追加資料が必要です。
まとめ|見るべきはPXの創設年ではなく、戦後の流通期間
PX品の年代判別で、終戦以前のPX設置年を遡る必要はありません。スカジャンがまだ存在しない時代だからです。見るべきなのは、戦後にその地域へ米軍が駐留し、日本製スーベニアジャケットが届き得た期間と、実物に残る文字です。
- コリアは朝鮮半島、38°線、都市名
- パナマは虎や龍ではなくPANAMAの文字
- アイスランドは戦後の米軍再駐留が始まる1951年以降
- アラスカは49TH STATEなら1959年以降
- ハワイとグアムは1950年代の基地売店販売まで資料でつながる
- エニウェトクは1948〜1958年の核実験期
- グリーンランドはThule基地建設後の1951年以降
最後は第1回のジッパー年代判別と、生地・リブ・刺繍の状態を重ねて判断します。次回は軍モノ図案編として、パラシュート部隊の編制・駐留年代や、戦艦・空母の就役・配備・寄港時期から年代を読む予定です。
本記事は公開資料から年代判別の考え方を整理したものです。個々の品の製造年、販売場所、真贋を保証するものではありません。掲載画像は説明対象となる実物資料として、出典とリンクを明記して引用しています。
